田中建設工業株式会社

通信SORAバックナンバー 

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住まい手の声

住んでみて、「良かったところ」、「予想外だったところ」、「こうすればよかった」・・・など

「これから計画される方の参考になれば」と言う事で、

お客様のご厚意により、入居後の感想をインタヴューさせて頂きました。


富岡町 佐々木さん

 

 

《 それは描いていた理想どおり、

というよりむしろ理想以上の家でした。 》

住んでいた家が手狭になったことから、建て替えを計画した佐々木さんご夫婦。家づくりへの第一歩は、ハウスメーカーのモデルハウスが競い合うように建ち並ぶ、住宅展示場を訪れることから始まりました。

佐々木さんが建てる家の条件としたのは、「木造で天井が高く、部屋が広々として、なおかつ暖かい家」でした。佐々木さんがそれまで住んでいたのは、ご主人のご実家の敷地に建っていた築後30年以上の古い家で、以前は大叔母様が住んでいらした家でした。「天井が低い家で、敷居が170センチしかありませんでした。僕の身長が176センチですから、屈んで歩かないとぶつかってしまう。しかも古い家なので、隙間風が入ってとにかく寒い。部屋が3部屋あっても戸を開けると寒いので、食事も寝るのも同じ1部屋だけという生活でした」と佐々木さん。

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相馬市 宗さん

 

 

すべて借景です 》

福島県相馬市、松川浦をのぞむ絶景の場所に宗さんの家はあります。南には自然林があり、春は桜、秋は紅葉が楽しめます。この借景を組み入れて、家は設計されました。築5年が過ぎ、庭のヤマボウシが白い花をのせて木かげをつくり、すっかり落ち着いてみえます。
「いい色になりましたでしょう?」とリビングに案内してくれた奥さまの初子さんは、スプルース(北洋エゾマツ)の床を指して言いました。新築当初は白い色をしていましたが、程よく焼けて薄茶色になっていました。椅子に腰掛けると、窓からは青い海と緑の林が見えて「すべて借景です。キッチンに立ってもいい眺めです。」と奥さま。

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浪江町 小峰さん

《 きっかけは一冊の本でした 》

千葉県にお住まいの小峰さん夫妻。妻の静江さんの実家は、浪江町で牧場を営んでいて、年に何度か訪れていました。築約40年の昔づくりの家で寒くてすすだらけ、水まわりの老朽化も進み、リフォームするか建て替えるか迷っていました。そんな中、息子さんがこの地方で働くことになり、これがきっかけで将来みんなで暮らせる家を、静江さん自身が使いやすい家をつくろうと新築することになりました。

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浪江町 大和田さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《OM入居2年目の大和田さんにインタヴュー》

奥さまは、美術大卒で家で絵画教室を開いています。「国道114号沿いに建った1軒の家が目にとまりました。決して派手ではなく、上品な色使いで、田中建設工業ってどんな会社だろう?」と思ったそうです。    

この家は、建築家・伊礼氏の設計で外壁の一部にタイルを使い、板塀がやさしく包んでいます。「主人に聞いてみると、なんと社長は同級生だと聞いて、即、話をしてみようとなったわけです。

それまで、ハウスメーカーの展示場を何度となく見にいっていました。パッと見は、確かにどこもすばらしい、でも永く住む家ではないなぁと踏み切れないでいました。」   

大和田さんは、当社のモデルハウスで行なう住まい教室に何度か参加しました。「まずは、家が暖かでしたね。それは、自然の暖かさだと知り、そして木の話、伊礼さんの話を聞いて、空気が流れて環境に優しいOMソーラーの家をつくることに迷いはありませんでした。

小さな家をつくるつもりでしたので、設計は伊礼さんに決め、具体的な注文は何一つしなかったのですが、出来上がった図面はまさに『私たちの家』でした。」と、奥さまは当時の驚きと喜びを振り返ります。

「“楽しもう通信”でみた堀コタツをリビングに取り入れました。冬でもふとんはありません。寒くて起きれない朝がなくなりました。補助暖房は灯油なので、冬は灯油代がかかりますが、夏はお湯が採れるし、快適さを考えて12で割ったら安いんじゃないかと思います。」

愛犬と同じように家をかわいいと思い、生活を楽しんでいるように感じました。キッチンの窓からは色づき始めた桜並木が見えました。

田中圭子


 

浪江町 渡邊さん

 

《OM入居3年目の渡邊さんにインタヴュー》

   

浪江から東京へ転勤した渡邊さんに、私が手紙といっしょに送ったOMソーラーのパンフがきっかけでした。

ご主人は、OMとは何ぞやから始まりネットで調べ、本を読み、納得・共感したそうです。

東京でマイホームをと思い探しているとき、再度浪江に転勤の話が持ち上がり、田舎なら土地ではなく家にお金をかけられるので、OMで建てようと考えたということです。 

「友だちだから頼んだのではなく、縁があったのだと思います。」と奥さまは振り返ります。

「メカに強い主人がいいというものに全く不安を持たず、家が出来るまでOMはポカポカの床暖房だと思っていたくらい、寒がり屋の私は期待をしていました。実際は、パンフ等でうたっている通り暖かくはないのです。″寒くない、暑くない″この感覚に今ではすっかり変わり、また、子どもは喘息の発作がなくなり、風邪もひかなくなりまた。」

乾燥=風邪をひく という考えは間違いで、身体を過保護にすることが不健康だと奥さまは言います。

インテリアの小物、色づかい等コーディネートがとてもじょうずで、すてきに暮らしていました。

田中圭子